第四世代原発・トリウム溶融塩炉 MSR と原子炉メーカー株
はじめに(原発と日本人としての立場)
日本人として原子力発電の利用には、世界で最も慎重かつ警戒的でなくてはならないと思います。広島・長崎での核兵器利用について長く伝え聞き、福島での事故をリアルタイムで目の当たりにしていて、怖さを肌身で感じることのできる立場にあるからです。(また、筆者は原発廃止に踏み切ったドイツに長年住んでいます。)
しかし同時に、それがゆえに原発を完全にタブー視してしまう思考停止もよしとはしません。何かに対して、全肯定がよくないのと同じように全否定はよくありません。
そのため、よりよい利用の可能性も含めて、勉強をしていきたいと思います。
目次
- これからの原発技術(トリウム溶融塩炉 MSR に期待)
- 今回の原発ブームの始まり方(ビル・ゲイツ氏の原発ベンチャーがトリウム溶融塩炉 MSR で村おこし)
- 新興原発メーカーまとめ(トリウム溶融塩炉はじめ次世代原発のベンチャー各社)
- 市場の大きさと利益率(原発メーカーがどう稼ぐかを想像してみる)
1)これからの原発技術(トリウム溶融塩炉 MSR に期待)
実は上述の理由から、「日本人なので原発銘柄への投資は放棄をしてよい」と思っていました。「投資をしない」というのも、一つの社会参画のあり方です。ウラン銘柄の Cameco (TSX: CCO) が過去一年で2倍になりましたが、それならば水素燃料電池に投資した方がよいと思って横目に見ていました。
しかし、たまたま見た午後正午さんという方の YouTube 動画で考えを変えさせられました。ウランの代わりにトリウムというほかの資源を使うことで、原発の欠点を補うことができるというのです。もちろん安全でリスクのない発電に変わるという簡単な話ではありませんが、「原発はダメ」の全否定で目を塞いだ状態でいるよりも、使える場合や可能性があることには関心を持っていなくては世界の変化についていけないだろうと思わされたのです。
トリウムの原発、すなわちトリウムを燃料に使った溶融塩炉 Molten salt reactor / MSR について、その後調べた内容も含めてまとめると、以下の通りです。
- トリウムはウランに比べて豊富だが(埋蔵量4倍という情報を見た)、さらに減少がウランよりはるかに少なく、資源の問題が大幅に解消する。
- トリウムというのはウランより少し軽い原子。ウランの原子番号=陽子の数は 92。それに対してトリウムは 90。
- 実際に核分裂を起こすのは、トリウム232(この数字は陽子+中性子)ではなくて、プルトリウム239 から陽子をもらってできるウラン233 らしい。(ちなみに従来の軽水炉で核分裂するのはウラン235。普通のウランはウラン238 だが、これは安定感があって核分裂しにくい。なお原発で使うのはウラン235 の比率を 5% ぐらいまで高めた「濃縮ウラン」だが、原子爆弾の場合は 100% の濃縮ウランだそうだ)
- 福島のときに見たようなウランの燃料棒という固形のものはなく、溶融塩というものとトリウム、プルトニウム(ウランも?)が混ざった液体燃料になる。したがって、そもそもメルトダウンというものがない。
- だが、トリウム自体も放射性物質なので、それ自体が危険なのは変わらない。しかし、トリウムの場合は空気と反応して爆発したり飛散したりはせず、燃料の溶融塩は固体化するそうだ。
- ウランの廃棄物が無害化まで1-10万年かかるのに対し、トリウムの廃棄物は100-500年ぐらいで済む(情報源によって数字にばらつきがあった)。
- プルトリウム239 を使うのでプルサーマル(ウランの利用後に出たプルサーマルを再利用する発電)と同じく、兵器利用の可能性のあるプルトリウムの再利用ができる。
- 欠点は、溶融塩が金属を腐食すること。現在の軽水炉に使われるステンレスでなく別の素材(ニッケル合金?)するか、溶融塩を対流させるような別の技術が要るそうだ。
- 第四世代の原発の一つとされてはいるが(現在稼働しているものは第二世代か第三世代)、実は戦前から開発は始まっていたらしい。1960年代には既にアメリカのオークリッジ国立研究所 Oak Ridge National Laboratory で稼働していたとのこと。(それでも普及しなかったのは兵器利用ができないから?)
(MSR 参考資料・山脇道夫・東大名誉教授「溶融塩炉開発の世界の動向と日本の歩み」)
2)今回の原発ブームの始まり方(ビル・ゲイツ氏の原発ベンチャーが溶融塩炉 MSR で村おこし)
そもそもの確認ですが、温暖化ガス (GHG / Green House Gas) を世界的に減らそうという中で、CO2 を排出しない「クリーン」なエネルギーとして原発が再び注目され始めています。悲しくも戦前は兵器利用されることから始まり、エネルギー発電のために脚光を浴びるようになったのは、まずはオイルショックのとき。それから、リーマンショックまでの BRICs ブームでも原発には成長期待が高まりました。その後に福島原発の事件で完全に下火になり、優秀な技術者が原発を志さなくなったと言われてから10年が過ぎました。
The Economist 誌のポドキャスト “Nuclear power is clean and reliable, yet unpopular—should America reconsider atomic energy?” もたまたま最近聞いていたところでした。石炭火力発電だけで成り立っていた人口 2700 人の Kemmerer というワイオミング州の Coal town が、新興のミニ原発 Mini reactor で村おこしをするというストーリーでした。やってくるのは、ビルゲイツ氏の原発ベンチャー・テラパワー TerraPower(非上場)。
これはちょうど「ガソリンスタンド業界が石油の減少を水素で埋める」のと同じ構図だなと思いました。「これは受け皿があるな」と。石炭火力の代わりに原発を受け入れられる土地と労働力があるようです。それに、先日のバイデン大統領の 1.2兆ドルの “Infrastructure Bill” のような、補助金がついてきます。
そして TerraPower がここで作る原発は、まさに例の溶融塩炉 MSR なのです。
3)新興原発メーカーまとめ(トリウム溶融塩炉はじめ次世代原発のベンチャー各社)
それでは、ビルゲイツ氏の TerraPower のほかに、今回はどのような会社がいるのでしょうか。
BRICs ブームの頃は、三菱重工・仏 Areva、東芝・米 Westinghouse、日立・GE の御三家が主役でした。今回は Mini reactor をこれから作るベンチャーです。
なお運転開始は、先行しているニュースケール NuScale(以下ご参照。ただし MSR ではない)でさえ2029年と計画されています。他の稼働は 2030年代以降の話です。ただし、受注の段階で会社は評価されますし、それに先駆けて株式上場が続くものと思われます。
さて、調べて出てきた会社は以下のように少なくありません。
MSR 以外の会社も一部含みますが、未上場の MSR ベンチャーがたくさんあります。
会社名 | ティッカー | 特徴 |
ニュースケール NuScale Power | Nasdaq: SV (のち Nasdaq: SMR に) | 日揮と IHI の投資先。売りは MSR(溶融塩炉)ではなく SMR (Small module reactor) という小型原子炉(同社のものは 50MW など特に小さい模様。ちなみに、従来の大型のものは 1000MW ぐらい)。その代わり SMR では業界初の米当局 (NRC) の型式認証 Standard Design Approval を取得。2021年12月に Spring Valley Acquisition Corp. (Nasdaq: SV) という SPAC との合併による上場を発表(上場後のティッカーは SMR に)。しかし、SPAC 価格は動いていない。上場時の推定 Enterprise Value(時価総額 + ネット負債)は $1.9b(19億ドル)と出ている。いいサイズ感ではある。(個別株記事はこちら) |
TerraPower | 未上場 | 前章で言及のビルゲイツ氏の原発ベンチャー。トリウム溶融塩炉をはじめ第四世代原発に注力。 |
Terrestrial Energy | 未上場 | カナダの MSR の会社。技術で世の中をよくしようという信念の感じられるウェブサイトとツイッターぶり。 |
Transatomic Power | 未上場 | MIT 卒業生二人が作った学生ベンチャー的な会社。創業者二人の写真を見ると若くて驚く。ここも MSR の専門のようだ。 |
ThorCon Power | 未上場 | MIT出身 やなんと上述のオークリッジ国立研究所出身の人がやっている MSR の会社。社名の Thor はトリウム Thorium のことだろうと思われる。ウェブサイトは汚いが、社名だけで期待させられる。 |
Kairos Power | 未上場 | サイトはあまりピンとこなかったが、ここも MSR 専門のよう。 |
Holtec International | 未上場 | MSR ではなく一般の SMR をやっているらしい。それよりも核廃棄物処理が本業の模様。 |
Gen4 Energy | 未上場 | 比較的よく名前を見る。名前の通り第四世代原発を志しているようだが、MSR ではない。 |
Elysium Industries | 未上場 | ウェブサイトはカバーページだけ。検索しても情報少ない。だが、ここも MSR の専門のようだ。 |
Flibe Energy | 未上場 | サイトのカバー写真に “We Stand at the Dawn of the Thorium Age” というトリウム利用を明言している会社。Lithium Fluoride Thorium Reactor という原子炉が売りの模様。 |
X Energy | 未上場 | MSR ではないが「メルトダウンせず拡散しない」と安全性を強調している。燃料は High-Assay Low-Enriched Uranium (HALEU) なる濃縮ウラン。米 NRC の審査に入っているものもあるのでリアリティーは高い。 |
Oklo Inc. | 未上場 | 先日 TIME の記事になっていたのを見たので大きいかと思っていたら、1.5MW と特に小さいものを作るようだ。ここもウェブサイトがカバーページだけ。 |
Southern Company | NYSE: SO | こちらは原子炉メーカーではなくてオペレーター(電力会社)だが、溶融塩炉のテーマでよく名前を見るので、新技術導入に積極的な(メーカーにとっての)顧客企業なのだと見た。時価総額 $72b(720億ドル)。 |
Moltex Energy | 未上場 | イギリスの会社。カナダ当局から同社の SSR-W という MSR 系の原子炉が採用されるステップの途中だそうだ。 |
ロールスロイス Rolls Royce | LSE: RR | ここも NuScale と同じく MSR ではないが、2030-2050 にイギリス国内だけでも 16基の SMR を製造予定。元々原子力潜水艦で技術の蓄積あり。ここの SMR は一基 £1.8b ($2.4b) だそうだから 16基で £28.8bn と昨年の年間売上 £11.8bn の 2.5倍分(一年あたり £1.44bn としても黒字の発電機部門における5割増収に当たる)。さらに、2021年9月のプレゼンテーション資料に受注残 £53.7bn と出ている。コロナで飛行機が売れなくなってボロボロの中、変身する可能性のある会社。(個別銘柄記事はこちら) |
【注釈】MSR ならぬ SMR について(混乱注意・SMR の中の一種が MSR です)
以上、NuScale や Rolls Royce はじめ、溶融塩炉 MSR のメーカー以外も入れてしまいました。これらはもっと大きな括りの、型式や世代を問わない “SMR / Small module reactor”(ご参考記事「SMR 原子炉についてまとめてみた(特徴と安全性、市場性、課題)」)のメーカーになります。トリウム溶融塩炉は未来の技術なので、まだ未上場のベンチャー企業の領域になります。
SMR ですが、上述の大型原子炉御三家の中では、GE日立が活発なようです。(第三世代・第四世代別の原発の種類については、下の表ご参照のこと)
そして、世界で SMR を最も多く作ろうとしているのはロシアと中国。彼らは MSR はじめ第四世代でも進んでいながら、計画上は第三世代の軽水炉の比率が高いようです(以下の表)。
これ以上 SMR のトピックを混ぜると、今回のテーマ「トリウム溶融塩炉」から脱線が過ぎるので、別の記事にしたいと思います。
(ご参考・第三世代・第四世代別の原発の種類が分類された表が以下。)
4)市場の大きさと利益率(原発メーカーがどう稼ぐかを想像してみる)
先の章のように、米英カナダだけでもプレーヤーは豊富です。しかし、従来の火力発電の代替と考えると市場の規模は莫大。なにしろ世界の発電ソースの8割は、石炭・石油・天然ガスの火力です(上のグラフ)。それに対して、原子力は1割。代替エネルギー(太陽光、風力など)ともども火力発電の市場を侵食していく途上なので、成長ポテンシャルは相当に大きいと言えます。
数字にしてみると、2035年までに SMR で 20,000 MW 発電量を賄うとか 70基新設されるといった予想がありますが、そうすると電力量や基数からして市場規模は $200b 超え(年間ではないので注意)ということになります。ですが、今の時点ではこういった数字よりも、よりダイナミックな変化を想像しておいた方がよいと思います。
また競争については、許認可事業なので参入が多すぎて食い合うような市場ではないでしょう。
そして政府の補助は厚く、先述の Kemmerer という村でビルゲイツ氏の TerraPower が建てる原発には、$4b のコストに対して、$2b もエネルギー省(DOE)から予算が出ると同社ホームページにありました。
一方、ビジネスの現場に思いを馳せると、新技術で安全性にも心配があり、政府から金が出るわけですから、部品やら人の手当てやら、全てについて多め多めに上積みする誘因があるものと思われます(自分がメーカーならそうする)。ですから利益率の面で、他の類似ビジネスと比べて劣るわけがないと思います。
また、伝統的に GE や三菱重工を見ていても、原発の利鞘はやはり厚いはず。センシティブな領域なので原発に限った開示は普通ありませんが、推して知るべしでしょう。
ご注意)
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